スクリーン 三島慧
1995年1月16日
震度1の微震を
私は感じた
それだけだった
1995年1月17日
ジェットコースターのような揺れが終わり
父と一緒にタンスの間の母を助ける
向かいのビルが崩れている
あちこちの商店街が煙を上げている
ヘリコプターで見下ろしたキャスターは
温泉街のようだと言ったらしい
避難所となった小学校に
CDラジカセを送った音楽家がいたことを知ったのは
何年も経ってからだった
郊外の住宅地に住む
後に人を殺めることになる少年は
時の首相に不満をもらしていたらしい
崩れる街を見た国会議員の報告は
最初本気にされなかった
自衛隊のテント風呂
新興宗教団体のプレハブ風呂に入った
ヤクザはおにぎりを配ったらしい
それが彼らの手なのだと言う人もいる
高値で食べ物を売ろうとした家族は相手にされなかった
突然の生理痛で水汲みも満足に手伝えず
バイト先で救援物資の仕分けをするが続かない
冷えない冷蔵庫の中味を
カセットコンロで鍋にして食べる
電気が復旧したのは1週間後
ガスが復旧したのは1か月後だった
電車が通ったのはいつだったろうか
この年
真理を掲げたヨガ団体の代表は
大量殺人をやってのける
彼は最終解脱者を自称した
本当に解脱しているならば
この世にもあの世にもいないはずなのに
学者が彼を持ち上げたのを知っている
テレビが彼を引っ張り出したのを知っている
彼は先人を目指し選挙に出馬した
目標は今や与党の一員となった政党の支持母体だろう
そういえば広告代理店が王様の扮装をさせた教祖もいた
彼は精神分裂病歴があるらしいから
今なら親近感が湧く少しだけ
ヨガ団体は苦行と合成麻薬で何をつかんだか
警察の偉いさん狙撃事件も疑われたが
これは銃マニアのテロリストの可能性が浮上しているらしい
私の「世紀末」は終わった。
インテリラッパーが歌った「噂だけの世紀末」は
予言をテロリストが実行しないかとの心配が杞憂に終わった1999年が過ぎ
プログラマーの事前の準備が功を奏した2000年問題で終わりを迎えた
2001年がやってきた
人類はまだ木星には到達せず
人間に匹敵する人工知能も存在しない
そんな新世紀の9月だった
ジャンボジェット機がぶつかると
ビルは崩れる
感覚が想像力をなぎ倒す
TVニュースの映像にカタルシスを覚えた夜
あと何機どこに落ちるかおののいて眠った
人も金も言葉も
情報の瓦礫に飲み込まれていった
戦争で金が儲かる人間がいる
ファンドの元本保証は
大統領の父親という旗印だ
抵抗の英雄は
敵国製の時計を身に付けていた
歴戦の破壊工作者は今
片や首相 片や豪邸好きだ
封鎖された街から出るために
援助を受けて留学するしかない若者がいる
聖地に住んでいるのに
安らかに眠れない少女がいる
現世より死後の世界を夢見て
命を捨てる戦士がいる
復讐をやめられない人がいる
私は「新しい戦争」という言葉から逃れ
客のまばらな映画館に入る
中世の閉ざされた修道院で
少年が果てのない罪に問われている
神父に何度鞭打たれても
絶望するわけにはいかないのだ。
感情が擦り切れる中聞こえる
旋律を失い澄み切ったレクイエムを
本物の賛美歌に生まれ変わらせる
私の中のスクリーン。
注:国松・元警察庁長官銃撃事件について雑誌記事を参考にしたのですが、その後教団関係者が逮捕された後釈放、この詩の内容と異なった展開となっています。(2004.8.4)
2008年、暴力団対策法が改正・施行されています。(2013.3.4)
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